2009年05月19日

善光寺街道報告記2 村井宿~井川宿~松本宿~

◆人はなぜ善光寺に向かったのか…祈りの道を辿り、善光寺信仰の謎に迫る

今年2009年4月5日から5月31日まで、長野市の善光寺では七年に一度の盛儀、
御開帳が開催されています。善光寺のご本尊、一光三尊阿弥陀如来は絶対秘仏とされ、
たとえ住職であってもその姿を目にすることはできません。
善光寺御開帳は、本尊を写したとされる「前立本尊(まえだちほんぞん)」を
拝むことができる七年に一度の盛儀です。
御開帳期間中は600万人以上の善男善女が昔と変わらず善光寺を目指します。
なぜこんなにも多くの人たちが善光寺を目指すのか?
とても不思議ではないですか。

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というわけで・・・5月11日~15日の五日間、
善光寺を目指し善光寺街道を歩いてきました。
前回 5月11日 中山道(牧野)~洗馬宿~郷原宿~
の報告記のつづきです。

今回は5月12日・善光寺街道報告記2 村井宿~井川宿~松本宿~
ということになりますね。



郷原宿を出ると間もなく広丘近辺です。

塩尻短歌館(はじめて知りました。右の写真は明治天皇のご休憩跡です。

大体、こんな風景がつづきます。

牛馬観音そして・・・この旅でガリガリくんの南国パインを三つ食べました。コンピニはありがたい。 

19号線に出ます。高速道路や鉢伏山が見えてきます。



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村井宿

国道19号線を少し歩き高速道路をくぐりぬけてすぐに左に入る道を歩いていくと
村井宿に着きます。村井宿の入口にある神明宮・・・とても清々しい場所です。
11日は昼間になってからとても暑くなってきたので神明宮の存在はオアシスというか
とてもありがたかったです。五日間の旅をとおして考えてみても
神社の存在は本当にありがたかったです。疲れて休みたい時、
本当に良いところに神社がありました。


       村井宿

神明宮 そして右はトイレ  休憩スペースとして超オススメです。

番所の跡地と村井宿の標識


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井出川宿

村井宿を後にすると再び国道19号線を歩きます。


平田で旧道右側に入っていきます。


しばらく歩くと多賀神社があります。 伊弉諾(いざなぎ)大神 伊弉冉(いざなみ)大神、
菊理媛神などが祀られています。松本に多賀神社があることはじめて知りました。
興味を持ったので境内で休まれていたお爺さんと数十分お話をしました。
いろいろ興味深いお話を聞くことが出来ました。




井川宿の史跡です。徳本上人の石碑、明治天皇の休憩跡、中田家など
善光寺街道らしい史跡が残されています。中田家は武田信玄の家臣が
姓を変え住んだことからこの地域に沢山ある姓名だそうです。
重層的な濃いぃ歴史が積み重なっていますね。
井川宿、思いがけず良い宿場でした。
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松本宿

この日、足が思うように前に出ません。
装備の加重の影響で両足足裏に靴づれが出来て
痛みます。+足の筋肉が痛みます。
この日の暑さにもとても疲れました。


松本市内が見えてきました。あと少しだけ、あと少しだけ・・・

松本宿のところにビジネスホテル(松本ツーリストホテル)を発見。3900円というか価格。
ここに泊まることにしました。

入出して横になると足の痛みがどんどん増して来ます。
明日、また歩きだせるのか? かなり不安になってきます。
とにかく足裏の靴づれと筋肉痛などが回復してくれるようにマッサージしたり、
治療したり・・・翌日は難所といわれる刈谷原峠越えもあります。
正直、不安になってきました。

  


Posted by 葦木啓夏(Hiroka Ashiki) at 11:18Comments(0)巡礼報告記

2009年05月17日

善光寺街道報告記1 中山道(牧野)~洗馬宿~郷原宿~

◆人はなぜ善光寺に向かったのか…祈りの道を辿り、善光寺信仰の謎に迫る

今年2009年4月5日から5月31日まで、長野市の善光寺では七年に一度の盛儀、
御開帳が開催されています。善光寺のご本尊、一光三尊阿弥陀如来は絶対秘仏とされ、
たとえ住職であってもその姿を目にすることはできません。
善光寺御開帳は、本尊を写したとされる「前立本尊(まえだちほんぞん)」を
拝むことができる七年に一度の盛儀です。
御開帳期間中は600万人以上の善男善女が昔と変わらず善光寺を目指します。
なぜこんなにも多くの人たちが善光寺を目指すのか?
とても不思議ではないですか。

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というわけで・・・5月11日~15日の五日間、
善光寺を目指し善光寺街道を歩いてきました。
その初日 5月11日 中山道(牧野)~洗馬宿~郷原宿~
の報告記です。


5月11日(月) 10:00~


さて一日目は中山道と善光寺街道がわかれる手前の牧野という集落の
旧公民館へと行きました。茅野からこの牧野までは美咲が車で送ってくれるという展開です。



この牧野地区、実は昨年、美咲の応援団が出来ました。その応援団長の成田さんが
牧野区のみなさんと出発壮行会を開いてくださるということで本当、心にしみました。



山菜、お餅、てんよせなど・・・地元のごちそうは深く心に響いてきます。
温かなものが伝わってきます。



この旧い公民館、とても雰囲気がよいです。
昭和の良い時代を思い出します。いろんな人たちの交流の記憶がしみ込んでいるようです。
また右上の石仏は善光寺街道・・・全域で見ることが出来るものです。
このひとつひとつの石に込められた思いにより街道がつくられていることを感じました。
美咲が善光寺街道を歩く出発の前夜はここで寝袋で夜を明かすのもいいなあ、
と思いながら・・・ぜひ、この場所を守って行ってほしいと思いました。
(牧野のみなさん、本当にありがとうございました。)



さて出発前の記念撮影をして善光寺を目指して歩き出しました。



この歩き旅、宿泊つまり宿を決めてありません。
昔の街道・宿場であっても現在はほとんど昔の機能はありません。
洗馬~松本 と稲荷山~善光寺の間には宿泊施設がありそうですが、
その他はほとんどちゃんとした宿は期待できないのが現状です。

バックパックつまりテントと寝袋を携行し、
どこでも野営できる装備を背負っての出発です。
野営だとやはり天候が気になります。
天気予報いでは三日目が雨が降るとのこと。
雨が降ったときの装備や対応も考えなくてはなりません。
昼間と夜間の気温差を考えた衣服も必要です。
さらには標高差による気温差も考慮しなくてはいけません。
このように夜営を前提とすると装備がかなり増えるので
加重による体力の消耗など・・・前夜までいろいろと悩みました。
結局のところかなりあれやこれやと絞り込んでも装備は20kgを超えました。
80kmの道のりと言えども、太古から難所と言われた峠が三つもあります。
20kgの装備を背負い、三つの峠を超えて善光寺に辿り着くのは
「それなりの修行になる覚悟をする」、意識が必要になってきます。

善光寺街道は祈りの道・・・
その道には石仏、社寺など沢山の遺産が残されています。
それらを出来る限り参拝し、手を合わせ、歩いていく・・・
このときに自分や周囲にどのような変化が起きてくるのか?
それを楽しみに歩いていきます。

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洗馬宿

中山道と善光寺街道の分岐点・・・洗馬宿。
木曽義仲伝説がその名に残る宿場です。
寺、神社、石仏、徳本上人の碑、明治天皇の足跡など・・・
善光寺に関わりの深い史跡が見られます。
基本的には史跡を見るにはセンスが必要です。
このセンスがないとそれらは価値のもたない石や建物、標識にしかすぎません。

昔の人の気持ちになりその時代の環境を思考しながら・・・
と当時の人たちがどのように動いていたのか? 背景にはどのような精神世界が広がっていたのか?
なにか私たちが活用できるメッセージが隠されていないか? 注意深く見ていきます。
この旅は基本的には巡礼の旅です。社寺、石仏、碑など主観を加えず
ひとつひとつ丁寧に手を合わせていきます。
その行為をとおして少しづつ、少しづつ、昔の人たちがなにを考え、
なんのために歩いたのか・・・近づいて行けるような気がしていました。







わかされ・・・追分
街道の分岐点を追分とか"わかされ"とかいいます。
ここを右に行くと中山道・・・塩尻峠を超えて下諏訪宿、和田宿などを超えて江戸に近づいていきます。
左に行けば善光寺街道・・・現在の松本、長野方面に向かっていきます。



実はこちらが本当の追分です。
上の現在の追分に徳本上人の石碑などが移設されています。




この善光寺街道は東に向かえば善光寺へ。
西に向かえば中山道 伊勢の神宮へ。
当時の人たちには大変、重要な巡拝の道だったようです。




当時の人たちにとって
善光寺や伊勢の神宮に参ることはどのようなものだったのか?
あらためてここで今回の歩き旅の目的を整理してみたいと思います。

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◆人はなぜ善光寺に向かったのか…祈りの道を辿り、善光寺信仰の謎に迫る

実は善光寺街道を復元する運動が数年前から起きていることを昨年秋、知ることが出来ました。
その中心となっているのが善光寺街道協議会です。
善光寺街道協議会から発行されている街道かわら版-善光寺街道通信紙- 
に以下のようなことが書かれています。

善光寺寿量院住職の小山健英さんの講演の内容です。

以下、抜粋
「自分自身に期待しすぎていないか
私たちの人生は悲劇です。メロドラマでも喜劇でもない。常に豊かな明日があるという生き方は間違いです。この世の中で生きていく私たちは「悲しい存在」なのです。にもかかわらず、私たちは自分自身に期待し過ぎていないか。自分に期待するということは他人にも社会にも期待しているということになります。「善光寺に来れば死んだ人に会えるんじゃないか」そういう思いで歩いたのが祈りの道なんです。その人たちを迎えて、送りだした、街道に住む人たちの素朴で美しい心。そういうところに私たちの祈りは発生してきた。ここにには古くからの生き死にの積み重ねがあり祈りがあった。」

 「私たちは自分に期待するあまり、豊かに、大きく、強く、美しくと望みます。はたして縄文人や善光寺へと歩いた人はそんなことを考えたか。私たちは日常は貧しくて小さくて、弱くて、醜いもの。それであたりまえです。それに対して豊かで、強く、大きく、美しくと望むのを"夢"と言います。人が描く夢を"儚い(はかない)"というのです。」

私はこの文面の本質を捉えてみたいと思うようになりました。

名声や名誉もなく・・・
この世界で生き、死んでいった人たちは一体、どのくらいの数いたのでしょう?
歴史に名前が残されていなくてもこの世界を生きた人たちの存在は価値のないものでしょうか?
今では誰にも知られることのないそのような人たちの存在を私たちはどう認識したらよいのでしょうか?
また私たちはそのような人たちの存在を認識し、感謝を表したことがあるでしょうか?

今回の旅の本質はこの問いにあったように思います。
今年2009年4月5日から5月31日まで、長野市の善光寺では七年に一度の盛儀、
御開帳が開催されています。善光寺のご本尊、一光三尊阿弥陀如来は絶対秘仏とされ、
たとえ住職であってもその姿を目にすることはできません。
善光寺御開帳は、本尊を写したとされる「前立本尊(まえだちほんぞん)」を
拝むことができる七年に一度の盛儀です。
御開帳期間中は600万人以上の善男善女が昔と変わらず善光寺を目指します。

なぜこんなにも多くの人たちが善光寺を目指すのか?
とても不思議ではないですか。

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郷原宿

洗馬から歩くこと一時間30分くいで郷原宿に着きます。
途中、心和む畑の風景も広がり気持ちよく歩ける区間でした。





やはり石碑、社寺が目立ちます。



とてもいい感じの古井戸がありました。
かつての宿場の賑わいが感じられます。



郷原宿で印象に残ったのは
郷福寺というお寺です。真言宗高野山のお寺で
弁財天も祀られていました。このお寺の奥さまに善光寺街道の
スタンプをお願いしたら快く押してくださいました。



さてここまでの行程を「善光寺街道歩き旅案内貼」でおさらいしてみます。



づづく


  


Posted by 葦木啓夏(Hiroka Ashiki) at 14:46Comments(0)巡礼報告記

2009年05月17日

善光寺街道を歩いてきました!

篠原正司(マネージャー)と申します。
この秋、美咲が善光寺街道を歩きたい、ということで
その下見、打ち合わせなどを兼ねて5月11日~15日の五日間、
善光寺街道を歩いてきました。



5月11日は塩尻・洗馬宿を午前10:40に出発し、
それから五日間、郷原宿~村井宿~出川宿~松本宿~岡田宿~刈谷原宿~
会田宿~乱橋宿~西条宿~青柳宿~麻績宿~桑原宿~
稲荷山宿~篠ノ井追分宿~丹波島宿~そして善光寺宿まで、約80キロの道のりでした。
この間、難所と言われる三つの峠があり、
この人里離れた峠道は祈りの道と言われるにふさわしい環境でした。
またこの間、五日間、天気に恵まれ本当にありがたかったです。
(お天気の神様、本当にありがとうございました。 )

実はこの街道を歩くこと・・・下見・打ち合わせというだけでなく、
個人的にもとても興味がありました。
それはやはり「祈りの道」だからですね。
明治時代に鉄道が引かれてから完全に使われなくなっていた
この街道を「祈りの道」としてもう一度、復元しようという試みが数年前に生まれてきました。
東に向かうは善光寺。西に向かうは伊勢の神宮。
古代の人たちにとって「祈りの道」とはどんなものだったのか。
やむにやまれぬ興味が湧いてきてしまいました。

実際にその道を歩く後押しをしてくれたのが、

ABN長野朝日放送・善光寺御開帳スペシャル「おらが善光寺へようこそ」
出演:鶴田真由(女優)  美咲(シンガーソングライター) ほか
4月19日、午後3:30~  詳細⇒ http://www.abn-tv.co.jp/program/1oshi/?id=409

への美咲の出演でした。

今回の五日間の歩き旅、私にとって本当に貴重な時間となりました。
この時間をいただけたことその感謝を形にするためにも
この五日間の行程の報告記を書きたいと考えてます。

「祈りの道」を歩く、ということはどういうことなのか。
私なりの経験と感性で書いていきたいと思います。

少しづづここにアップしていきますね。  


Posted by 葦木啓夏(Hiroka Ashiki) at 10:39Comments(0)巡礼報告記